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 この治療分野では最近、クロノーテラビー(夜間の時間療法)が強く注目されはじめている。クロノーテラピーは九七年九月、フランスのがん治療チームが、大腸がん患者に対する治療効果を医学雑誌『ランセット』に報告した。夜間に抗がん剤を投与すると、効果が大きく副作用が小さいというのである。これに国内で最初に注目したのが、東大医学部出身の消化器外科医である平岩正樹医師(第5、6章で詳述)であり、いち早く、白分のがん医療に取り入れてきた。  「この治療法によって、早期がんの人は完全に治癒するヶIスが増えると思います。また、治ることは残念ながら望めない患者さんであっても、ふつうどおりに生活できる時間を少しでも延ばすことが可能です」  平岩医師の提唱する最新治療では、抗がん剤の副作用にあまり苦しむことなく、快適に日常生活を送れるというのだ。まず、抗がん剤投与のやり方では、 ○どのタイプの抗がん剤を、どのくらいの量で、どのくらいの時間使えば最も効果的な治療が得られるか。患者一人ひとりに合った薬の種類、量、投与する時間を見つける。 ○少しずつ量を増やして生体反応を確かめながら、副作用が出たところで引き下がる。 次に、かなり厄介な副作用対策では、 ○食欲不振、全身倦怠など抗がん剤特有の副作用を抑え、患者に苦しい思いをさせない。 ○副作用を抑えることにより、作用が現れる量と副作用が現れる量の幅が広がり、使用可能な抗がん剤の量が増える。この量が増えれば、それだけ大きな治療効果が期待できる。  早い話が、ひどい副作用に苦しむことなく、かつ抗がん剤の効き目を最大限に引き出すのにどんな手があるか。そのことを医学的な根拠に基づいて判断し、微妙なサジ加減でもっとも効果的ながん治療をおこなうのだ。  一方、がん細胞は夜に勢いを増し、患者の体内で細胞分裂を繰り返す。これに対し、正常細胞のほうは昼に活発な動きを見せ、夜間ぱ動きを鈍らせるのだ。それなら夜の時間帯に抗がん剤をゆっくり投与したら何が起きるか。これは容易に想像できることだが、抗がん剤はがん細胞により強く効果を発揮し、正常細胞へのダメージは小さく抑えられる。その結果、副作用も少なくなる。クロノーテラピーの最大の利点がここにある。  そう聞けば、多くの患者家族には「福音」と思えて当然だろうが、なぜか国立がんセンターや大学病院などは消極的で、あまり試みようともしない。なぜなら、欧米では一般的とされる最新の抗がん剤治療を行うためには、何よりも先に治療上のノウハウの蓄積が必要とされるからだ。が、特定のがんにしか薬剤の適応を認めない、日本の医療保険制度上の「規制」が大きな壁になり、ノウハウの蓄積など望むべくもないというのが実情である。さらに、がん専門病院が治療上のノウハウを持ち合わせないがゆえに、国が承認した薬であっても現場いベルでは使われないこともある。実際、「がん専門医」を名乗る外科医の多くが、抗がん剤の正しい使い方を知らない。  その結果、高度ながん医療を担うはずの大学病院や国公立病院レベルにおいても、大抵はただ教科書どおりに抗がん剤を投与し、数少ない手持ちの薬剤が効かなくなったら「患 者の寿命だ」と簡単にサジを投げる。それが、わが国ではずっと「がん治療の常識」とされてきた。  特に抗がん剤の使われ方では、従来の5-FU系経口抗がん剤(UFT、フルツロン、ミフロール、経口の5‐FUの四種類)は、副作用がほとんどない代わりに効果が少なく、「日本でしか使われていない抗がん剤」と言われる。それがようやく、日本でも抗がん剤治療が見直され、ここへきて新しい薬が次々と登場している。  TS-I(胃がん)、アイソボリン(大腸がん)、ジェムザール(肺がんと豚臓がん)、ナベルビン(肺がんと乳がん)、ハーセプチン(乳がん)、イレッサ(肺がん)、アムルビシン(肺がん)、ゼロータ(乳がん)など、画期的な新薬が続々と登場。がん専門医も頭を切り替え、「抗がん剤は効果があるから使う意味もある」とする考え方が次第に高まってきた。  中でも、九九年に登場した国産のTS-―は、胃がんに対する奏功率が六割以上と驚異的な治療成績だ。その結果、「抗がん剤は胃がんに効かない」という胃がん治療の従来の常識を完全に覆した。  「胃がんは、TS-1の登場によって非常に治療しやすくなりました。現に、進行胃がんの人が手術後のTS-1の抗がん剤治療を受け、手術で取り残したがんが消えたケースがあります。あるいは、手術前にTS-1を使い、おなかを開ける手術をしたらステージⅣの進行がんの姿が跡形もなく消えていたとか、そういうケースがあるくらいTS-1の効き目にぱ凄いものがあります」  とは、抗がん剤治療のスペシャリスト平岩医師の証言だ。  胃がん以外にも、このTS‐Iぱ、大腸がんや乳がん、胆嚢がん、胆管がん、豚臓がんなど、多くのがんに対して高い治療効果があると見られている。  ほかに、肺がんに対する新薬として二〇〇二年七月に登場したイレッサは副作用死が一時期、世間を騒がせたが、実ぱ、副作用死の確率が〇・六パーセントと比較的低く、むしろ医者のサジ加減のほうが問われる薬だ。また、乳がんに対する新薬ゼロータ(二〇〇三年六月承認)ぱアメリカでは大腸がんに効く抗がん剤として使われ、国内でも一部の医師が大腸がん患者のために使う動きがある。同じ大腸がんでは、第6章で綴るオキサリプラテンという新薬が臨床テストを完了し、早ければ二〇〇四年早々にも国内で登場する。  これからの時代、がんとともに生きる人が多くなれば、抗がん剤の最新知識もがん患者学の必須科目になる。そこで、四大がんの最新抗がん剤治療に使われる主な薬剤をあげると、表3、その副作用を抑える薬は表4のようになる。  がんと本気で闘うとき、患者家族はこの程度の抗がん剤の名前くらいは知っておいたほうがいいだろう。なお抗がん剤治療に強い病院では、束の都立駒込病院(東京都)、西の芦屋市立芦屋病院(兵庫県)が専門医のあいだで評判高い。 肝 動脈注入療法、ホルモン療法  また、抗がん剤治療の特徴として、小さながんには効きやすく、大きながんには効きにくいと言われる。たとえば、再発大腸がんの場合、小さな転移病巣のほうには効果を発揮するのに、大きな転移病巣には効きが悪かったりする。  そこで考えられたのが、転移性肝がんに対する「肝動脈注入療法」だ。肝動脈注入療法とは、おなかの部分の皮下脂肪と筋肉のあいだに「液溜め(ポート)」を埋め込み、そこから肝動脈を通して抗がん剤を注入、肝臓のがんを狙い撃ちする。副作用は軽く、胃がんや乳がんなど、ほかの再発がんにも効果的な治療法として知られている。  もう一つ、高齢社会が到来し、前立腺がんが六十代以上の男性に急増中だ。前立腺がんの場合には、手術の代わりに、女性ホルモン剤をがん治療に使うと体内のがんの勢いを抑えて「冬眠状態」にさせることができるのである。ただし、一つだけ治療上の。欠点”があって、当の男性患者はポテンツ(性的能力)が落ちるという。  私は一度、八十歳の前立腺がん患者K氏と会った。品のいい白髪の老人だが、前立腺がんのほかにも、不整脈が二十年来の持病だという。K氏は言った。  「先日、主治医にうかがったら、私の場合、いまのがん治療で『あと十年は大丈夫です』 と。十年後の私は九十歳です。がんで死ぬよりも私の寿命のほうが先に切れるでしょう」 女性ホルモン剤の働きのせいか、艶っぽい八十歳の顔が印象的であった。

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